2007年08月03日

本来の用途

アマゾンのレビューって何か貰えるんでしょうかね?

まぁ・・・

何かもらえるから必死に書いているのかもしれないが、最近目に余ることがある。
例えばDVDなどで何故か発売日前にレビューが書かれていたりする。映画館で見たかレンタルで見たのかは知らないが、DVDのレビューに全くなっていない。
更に酷いのになると、「これが欲しい」とか「高いから要らない」など書かれている。
レビューってのは後続の購入者に買った商品の印象を伝えるための機能じゃないのかと。
そう言う意味で非常に無責任だし、見苦しいので止めて欲しい。
実害が無いじゃないかと言う構造的欠陥以前に思考経路に障害を持つ方がいらっしゃるんですが、なら見えなくして欲しい。
有象無象から有意な情報を取り出す手間は面倒なだけです。
reviewって辞書で引けば判ると思うけど。reが付いているからさ。

この程度と許容すると「いいじゃん」って人を量産するので許容しませんw

後、最近気になるのが、wikipediaの使用方法ですね。お子様が良く勢いで遊びに使うのですが、迷惑ってことを知らないのでしょうか。
よく「hydeは156cm」ってワードを使って編集合戦とかやってますが、何の意味があるのか聞きたい。
そもそもwikipediaは無料百科事典であり万人が編集できるようにして更にコンテンツの充実を図る、利用者と編纂者が同じ立場に立つことが出来る貴重なものです。
無料の遊び場ではなく、寄付の上になりたっている一種の知的慈善事業なわけです。
ここでも「誰にも迷惑掛けて無いじゃん」というような意見を聞きますけど、正常な思考回路を持っていれば、本来知識を持った有志が自在に編集できるページが「編集制限」掛けられた時点で迷惑だと理解できるはずです。
更に言えばエントリーを消された時点で「いい年をした人が図書館にある誰かが寄贈してくれた本のページを破った」のと同じ行為をしたとも理解できるはずです。


本来の用途を理解しないで使われるのは困りますな。

http://ameblo.jp/kougen/entry-10007917580.html
こう言うの見て笑える人間は、一回自分で仕組みを作って人のために公開してみればいい。

ここで本気で幼稚だなと思うのは156センチってのを消すから大騒ぎになるんだって意見が罷り通っていること。
書かなきゃ消されないし、156センチって知ることにどれだけの意味があるのかわからないが、はてなや他の似たような毛色のモノにまで156を書き込んで遊ぶ必要がどこにあるのかと。
そもそも身長を知ることに意味が?
自分の身長だって凡そ幾つで生きていくのに事足りるよね。でhydeに学術的な考察ってのを見たことないし、そこまで必要になる学問があるのかな?ただ好きだから知りたい?それただのストーカーです。百科事典に書く必要のあることでも無い。それを書くのなら音楽的なバックボーンやら書くべきだ。全くもって言い訳でしかないし、本分を忘れている。

>昔の何でもありだった頃のネットって

こんなこと書いているガキんちょも居るが、正直何でもありだった時代のネットなんざwindows98が出た辺りからだよ(そう言うとおっさん黙れとなるw自分が知っている時代が一番古いのかとw)
モザイク使ってた世代から言わせて貰えば、初期のネットは異常に礼儀正しかったし、「情報発信しないものは情報を利用すべきではない」と曲解される程、相互扶助が行き渡っていた。
今でこそ信じられないかもしれないけど、情報のただ取りは好ましくないってただウェブページを見ているだけの人は言われてたんだよwポルノですらだよwまぁあれは揉めてはいたけどw
皆が有意な情報を無償で提供することで相互に非常に有益な環境を作り出すってのが学術関係者が一所懸命広めてきたインターネット。元々は軍事のための環境だったのが、そうやって過去の研究者さんたちが広めてきたわけで。
だから「HNとはいえ呼び捨ては禁止。言葉遣いも丁寧に。一般社会と同じです。メールの最後には文責のために本名を併記しましょう」と、言うように当時は凄い厳しかった。
まぁ学術関係者しか当時居なかったし、大学の専用線から入るような性質のものだったし。家のMacから大学に電話掛けて入ってたものw
だから、wikipedia等の仕組みを見ると昔からのインターネットの精神ってのは残ってるんだなと思う。反面、悪い意味でも一般的になりすぎたなと残念にも思う。
自分が昔から口をすっぱくしていっている、キーワードに自分勝手な略語を使うなとか、最近子供の間で流行っている変則仮名遣いは止めなさいというのは、実は見苦しい以上の明確な理由がある、インターネットの検索性の低下を招くから。元々相互扶助的な情報のデータベースがインターネットなので、全てのデータに意味があるとして、インターネットの最大の基礎技術ってのは実は検索。その根本を覆すのが前述のオリジナル日本語。平易かつ明瞭かつ一般的な用語でキーワードを記述すれば、検索に容易にヒットし他の人が見て何らかの情報を与えられる。これが根底だから。

だから、こう言う残念な事例を見ると、存在の意味を考えて理解し自制できない人間にはインターネットと言うのは過分なモノなのだなと思う。確かに商売も含まれるから一概には言えないのだけど、インターネットってものを作り出してきた尽力に対しなんの敬意も払えないのは困る。
実際ネット企業と言うのはユーザーに余り課金しない。これは伝統だと思っているけど。

確かに面白いことも必要だし、自分も嫌いじゃないから2ちゃんに居るんだけど、どこでも面白いことをして良い訳ではない。ネットだからといって性質が均質ではないことを理解すべき。更に言えば2ちゃんねるでさえ「やっていけない」ことの方が「やっていい」ことよりも遥かに多いことに気付くべき。



親がネットの中での常識を教育すべきところまで一般化してきているんだなぁと思う。
posted by 秋水◆rSYUUSuiAQ at 10:24| 東京 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | チラシの裏 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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